上九一色地区(精進・本栖・富士ヶ嶺)

上九一色地区(精進・本栖・富士ヶ嶺)上九一色村


 明治22年7月の町村制施行により、梯、古関、精進、本栖の4ヶ村によって上九一色村が誕生します。
 昭和22年に、本栖三ヶ水地区に入植した開拓団は、その基盤を着実に積み重ね、昭和32年には富士ヶ嶺地区が誕生します。
 また、上九一色村は、勝山地区と同じく明治以降単独の村として、その歴史を積み重ねてきました。


■精進精進湖


 精進地区は中道往還の街道筋に位置し、国の天然記念物にも指定されている「精進の大杉」や江戸時代から継承されていた「大名行列」も行われていた歴史深い地区です。 
 子持ち富士、パノラマ台など、その景観は素晴らしく、その美しさに見せられた1人の英国人、ホイット・ウォーズさんが建てた「精進湖ホテル」の存在は、その象徴といえます。 
 精進湖は、豊かな山々の恵みとそのこじんまりした大きさで、かつては冬のスケートやわかさぎの穴釣りとして多くの来訪者を集めていました。
 平成18年に初めて行われた全国高校総体のカヌー競技が精進湖で開催されるなど、今ではカヌーのメッカとして有名です。


■本栖本栖湖


 中道往還の甲斐領内で最も南に位置していた本栖集落は、関所と宿場町として繁栄の歴史を刻んできました。 その歴史は、今も人々の手によって脈々と受け継がれています。六斎念仏や公家行列は、確実にその営みを今に伝えています。また、戦国の世を今に伝える本栖の石塁は、貴重な歴史遺産です。
 全国でも屈指の深さを誇る本栖湖には、多くの文化人も訪れ、与謝野晶子が旅した際に詠んだ歌は歌碑に刻まれ、今でも湖畔に佇んでいます。また、竜ケ岳からのダイヤモンド富士は有名です。








■富士ケ嶺富士ケ嶺


 戦後の昭和22年に始まった開拓団の手によって拓かれたこの地区は、幾多の苦難を経て、山梨で一番の酪農地に成長しました。特に水には苦労し、昭和40年代になって本栖湖から水道が引かれる前までは、湧水を求め静岡県の県境付近まで、樽を背負って往復したそうです。
 開拓団の皆さんが地と汗と涙で切り開いてきたこの地に、平成元年あのオウム真理教が進出。地区民の開拓によって養われた共同の力で、平成8年11月オウムの完全退去を成し遂げました。
 毎年行われる乳牛の共進会や開拓祭りは、地区の一大イベントです。

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